2021. 2. 25
[日用品:収納]
イメージの詩
けっこう重いよ、と言われた。抱えたはいいが、思いも寄らない重たさにたじろいで床に戻した。吉田拓郎がカセットテープレコーダーから流れていた。彼女は引っ越すことにした。小ぶりだったし、手慣れたつもりでいた。なにが入ってるの、と聞いたら、わたしの大事なもの、と答えた。ガムテープが十字に貼られていた。それ以上は聞かなかった。イメージを試された気がした。最後の段ボール箱だった。荷台にぴったりおさまったが、なんだか全体的に荷物の少ないような気がした。女の子は吉田拓郎をぶらぶらさせて、じゃ、行くね、と言った。お兄さんが運転席でタバコを吸っていた。音楽が遠ざかっていくのに気づいたときにはもうなにも聞こえなくなっていた。
大事なものがどこにあったかなんて、ぜんぜんわかっていなかった。重たいものを持ち上げるとき、よく思い出す。
このキャニスターは
そう簡単には倒れない。こう書くと、まるで年度始めの陳腐な抱負みたいだけど、すくっと立っているそれを見ているとなんでもない佇まいもまんざらわるくはないな、とおもったりする。なんにもしていないわけではないけれど、なんにもしていないようにじっとしていて、でも妙に惹きつけられるひとってたまにいるけれど、そういうのってどうやったらなれるんだろう。あるひとは、厚みのあるひとと呼ばれ、あるひとは、重みのあるひとと呼ばれるようだけど、そういうひとって、そう簡単には出会えない。というか、大事なことほど素通りして、気づかないだけなのだ。会ったらなかを覗きたい。見えても答えはない。それはわかっている。入っているものがそもそもちがうのだ。
このキャニスターは真鍮管で出来ている。そもそも船舶の配管に使われるそれは、厚みがあって重みがある。信用できる素材ということだ。なにを入れて使うのか。いっそなにも入れないか、ブックエンドという手もあるな。いやいや、用途だけで見つくろうことからちょっと距離をとってみようよ、まずはじっと眺めてみようよ。
商品名 ACTPキャニスター
素材 真鍮丸管、真鍮板、錫(ヘアライン加工)
製造 坂見工芸(東京都荒川区)
デザイン 荒木信雄(The Archetype)
制作 東屋
寸法/重量 ACTP20 径60mm × 高100mm 重量0.8kg
ACTP21 径80mm × 高130mm 重量1.5kg
ACTP22 径100mm × 高170mm 重量2.4kg
価格 ACTP20 33,000円
ACTP21 44,000円
ACTP22 66,000円
2020. 4. 14
[日用品:収納]
まだここにはないなにか
なんだかひっかかることがある。だけどそれがなんなのか目に見えない。わたしの居場所はほんとうはここじゃないのに置きざりにされているかんじ。忘れられて、だれもしまってくれない三輪車みたいだ。
なにかが起こるとき、時間も場所も指定なんてされない。そうやって世界では何万回も、ことが起きている。わたしはそれらのたったひとつでも、学習したよ、なんて言えない。
どうしよう。
カーテンレールにかけっぱなしの、からのハンガーが宙ぶらりん。じっと見るとさみしくなるから、パチンと消した。わたしはベッドにもぐりこむ。
『100万回生きたねこ』をむかし読んだ。起きあがってパチンと点ける。本棚をさがす。あった。
「ねこは、はじめて なきました。夜になって、朝になって、また 夜になって、朝になって、ねこは 100万回もなきました」
どうしよう。
わたしも泣いていいのか。
「100万回生きるって、たえまなくお祈りすることといっしょだね」
「だれに?」
「だれ? なにかに、なんだろうね。だれにもわからないなにかに」
ずっとむかしに聞いた。あなたなのか、本で読んだのか。
なにに祈るのかもわからないのに、わたしの唇の先はおのずと動きはじめている。わたしは泣いているのだった。泣いていいのだ。
わたしは三輪車に乗ったまま大きな声で泣いていた。
このフックは
見てのとおりS字型のフック。定番のカタチにすこーし工夫をつけて、真鍮でこしらえました。SはSでもおなかの部分がまっすぐだからぶらぶらしません。まずは、部屋の片隅、長押やレールに引っ掛けてみてください。ほら、もっとほかのなにか、引っ掛けたくなってきます。洋服はもちろん、バッグや帽子など、台所では計量カップやミルクパン、などなど、身の回りのものをかけてかけてちょっとした整理に一役。ちなみに、東屋の「衣桁」にもピタリとハマるサイズになっています。そちらでもどうぞ。
商品名 HOOK No.2
素材 真鍮(角棒曲げ加工)
製造 坂見工芸(東京都荒川区)
デザイン 猿山修
制作 東屋
寸法 長86mm × 幅37mm × 厚3mm
重量 13.5g
耐荷重 12kg
価格 4,950円(5本セット)
2020. 3. 31
[日用品:収納]
そうかんたんにかたづけないでよ
あたしのはなしをあたしのことを
ことばは口に出さないとわからないことが多い。どんなに仲のよいひとにだって、そうかんたんにはとどかないとおもっておいたほうがいい。ありがとう、ごめんなさい、さよなら、またね、おはよう、おやすみ、いってきます、おかえり、いただきます、ごちそうさま。みんなみんな、ことばはいつもそとで生きていく。声になる。それでも、あとになってあのときちゃんと言っておけばよかったとか、だけどもう間に合わないんだとか、そうわかって、くるしくなって、だから胸にしまうだけじゃだめなんだと後悔して。
次なんてないのに。
なんでだろう。くまのジローを見ているとそうおもった。ジローはぬいぐるみだけど、私の目を見ている。
夫がなかなか帰ってこないので、ちがうことかんがえようとジローからはなれてキッチンを掃除しはじめる。
「ことばはかたづけちゃだめなんです。整理されたことばなんていりません。整理してどこにしまったかわすれてしまうような文章なんてぼくは読みませんから」「そもそ余計なものなんてないんですよあなたがたに。なにかつたえようなんておやめなさい。ことばはそとでお散歩したいのです。放ってみなさい」おもしろいこと言う先生がいた。
私たちはいつもいっしょにいてそれがあたりまえだとおもっている。わかりあえる、なんてほこりをかぶった置物だ。無力だ。わかってる。ふりかえるとジローと目があう。おまえのことじゃないよ。水がながれつづけている。スポンジをしぼって蛇口を閉める。時計を見る。
「次なんてないのに」
どうしよう。時間が止まらない。
この箸箱は
たとえば食器棚のなかで、「ここがあなたの定位置ですよ」って、かたづけるスペースをこしらえておいてあげたい。上手にかたづけてはおきたいけれど、かたづけたっきり、出番がなくなってる、なんてそれもちがうし。さっと取り出して、どうせならそのままテーブルに置いちゃえ。そーゆー収納箱、あったあった。箸が取り出し易いようにゼツミョーな角度をつけて、国産ニレの木を削り出しでこしらえたという。箸やカトラリーだけではおさまらない、鉛筆やペンを入れてデスクにだってどーぞ。
商品名 箸箱
素材 楡
※木地仕上げ(写真左)/ 胡桃油仕上げ(写真右)
製造 四十沢木材工芸(石川県輪島市)
制作 東屋
寸法 長280 × 幅63 × 高37mm
価格 木地仕上げ 5,830円 / 胡桃油仕上げ 6,160円
2015. 12. 28
[日用品:収納]
じゃらじゃら
ポケットに突っ込んだ小銭から、五円を取り出し、ほうり投げる。手を合わせてみて、五円でどうかしてもらおう、という魂胆がどうかしてますか、と訊ねている。もちろん神様は答えてくれない。問いは私が立て、答えも私が見つけるしかない。
しばらく着ていなかった服のポケットから小銭が見つかるときがある。そのままコインケースに入れるが、人知れず眠っていたその小銭も不意に起こされたうえ、どこか遠くへ旅立たされてしまった。
莫大なお金(こんな言葉はめったに使わないけれど書いてみる)が動くことなど、私には皆目見当がつかないが、小銭の出入りとなれば日常の目に触れざるを得ない。悲しいかな、増えることはコインケースの中だけの出来事である。
後ろに列んでいる人たちの舌打ちもなんのその、カウンターに一枚二枚と小銭を列べて買い物をする。大きなお金を出すときは、殆ど両替の類いにまかせてしようがなく、である。よって小銭は増えつづけ、じゃらじゃらと音にうなされ彼らは不眠不休で忙しない。
コインケースがパンパンになるのはみっともない、と妻によく叱られる。しかし、今のところ私の重みといえば、右ポケットのコインケースぐらいしかない。
「塵も積もれば山となる」ほんとうですか、神様。
型くずれしないコインケース、年を跨ごうが必需品である。
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2015. 9. 29
[日用品:収納]
掛け替えのない人
替わることのできない人が、私にはどのくらいいるだろうか。父や、母や、友や、と書けば、その順序に戸惑い、親や、妻や、と書き直し、兄弟を付け加えれば、友は押しのけられ、もうずいぶん前からするりと衣桁から滑り落ちたタオルのようになっていた。
私のいなかには「相生」という橋があって、ちょうど真上でそのむかしに爆弾が炸裂した惨事の中心「爆心」である。七十年が経った今、それでも頑なに紐帯の役目を担いつづけ、此岸から彼岸へ、あるいは彼岸から此岸へと、ふたつをひとつに固く結びつけてくれている。帰ってくれば、いつもその橋の歩道の中間部に佇み、ドームを左手に欄干にもたれたまま、誰を待つわけでもなく中州の先の「平和」を眺め、それでも亡父かなんかが右岸の向こうからやってくる気配に身を置いたりする。
「ピースを失えばもはやパズルの体をなさない」「もう友だちは新しくいらない」「からだは堪えているのに心が追いつかない」私は足もとに落ちたタオルを拾い上げて「帰省することがせめての空白を埋めてくれる」なんて、それらはもっと以前の若々しいころの、もっともらしい科白で、あっけなく生温い風に飛ばされるだけである。
路面電車のレールは光りの線を貫いて、川面も、夏の緑も、きらきら輝いている。私はタオルを一息振るい、汗を拭き、首に掛け直して歩きだす。振りかえると妻が人を追い越しながら微笑んで私を追ってくる。
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2014. 1. 27
[日用品:収納]
経年
私はいったい何を見てきたのか。この目でじっと見てきたもののことである。そんな問いかけが頭の中で駈けまわっていた。まっ先に思い当たるのは、親のすがたにちがいなかった。ずっと背中だけを見てきたのだった。今は、振りかえって探すしかなくなった。
お茶を飲み干したあとも、湯呑みを持ったまま気づけば底のほうをじっと見ていた。あるひとが、海を見ていると時間がたつのも忘れてしまうのは「あれは跳ねかえって自分を見ているからだ」と言ったのを思い出した。「じっと」時間をかけ、「見ている」が「見ようとしている」に、深度が変化するのだ。何を見るにせよ、私はそこに「私」という何んだか釈然としないものを見ようとしている。裏をかえせば、釈然としないからますます見ることになって、そこにえんえんと時間が注がれる。私は、溢れかえったそれにはっとして、湯呑みを置いたのだった。時の流れは輪郭もなく無情である。
「絵でも見に行く?」
細君の、誕生日が近い話になって、私は目の前のそのひとを見ている。出会ってからかれこれ三十年たつのね、と言われたとき、まじまじ二人は顔を見合わせるのだった。
海の前に立ってみたくなる。絵の前に立ってみたくなる。鏡の前に立ってみたくなる。あなたの前に立ってみたくなる。
いつのまにか今年が始まっている。「私とは、君だ」なんてランボーめいた言葉を、私もいつか思ったりするんだろうか。「ぢっと手を見る」私である。
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2013. 4. 5
[日用品:収納]
春
きのう、わたしはそのひとにめっきり叱られた。
「あんた、そんなこと言ったって、だれも使わないものがずうっとここにあったってしょうがないでしょ。だいいちそんなに大事なものだったなんて、今はじめて聞くわよ。そんなに大事なものならあんたがかたづけておけばよかったんじゃないの?自分のわるいのを棚に上げて、それでなんであたしがいけないことになるの。あたしはおそうじをして、おかたづけしただけ。いらなくなったものは捨てる、だってそうでしょ」
「••••••」
「なによ。言いたいことがあるんなら言ってごらんなさいよ、ほら」
と、そのひとは、「言ってごらん」と言えども必ずと言っていいぐらいにわたしには何も言わせない。むかしからそれがこのひとの体である。けれどもわたしはそのひとに似て、口では負けていない。いや、負けてはいなかったはずなのだった。だからいつも平行線でけっきょく姉が割って入って、引き剝がすようにわたしをとなりの部屋に押し込めるのである。そうだった。
「あのね」と、わたしは言った。
「なによ。いいから言ってごらんなさいよ、ほら」
「棚に上げてあったのはわたしではなく、プリントゴッコ」
「だからなによ」
「棚に上げてあったのはわたしのプリントゴッコで、わたしじゃない、って言ったの。プリントゴッコだってわたしがあそこに上げたわけじゃない」
わたしは簞笥の上を見やる。
「なによそれ」
「あそこにあるなぁ、っていっつも見てた」
「うそおっしゃい」
で、わたしはまた黙ってしまう。あるとき寝転がって天井を見ている端っこにちらっと見つけたことがあっただけだ。中学?高校?わすれた。
「それだけ?」
「それだけ」
「おわり?」と、これもこのひとの体である。終わらせないのだ。
「じゃあ、もうひとつだけ言わせて」わたしはなぜか胸を張っている。「プリントゴッコは、大事なものでした」
「なによそれ」
「過去形」
「だからなによそれ」
「••••••」
「とにかく、ゴッコだろうとゴッホだろうと、ほったらかしにしてたものは捨てられちゃうの。そうでしょ、そういうふうに世の中はできてるでしょ。久しぶりに戻ってきたと思ったら目の色変えて、あれどうした?って、いったいなんなのよ。急に思い出したみたいに、プリントゴッコ、プリントゴッコ、って。だって持っていかなかったじゃない。ここにずうっとあるっていうことは置いてったっていうことじゃないの?置いてったっていうことはもういらないっていうことなんじゃないの?だいいちもうとっくのむかしっからないのよ。あんたのしらないうちにもうないの。わかる?しらないうちに消えてなくなるもんなんて世の中にはたっくさんあるの。げんに気づいてなかったじゃない。ここにいないひとが、とやかく言わないでちょうだい」
「••••••」
「じっと見たってないものはないのよ」
「••••••」
「ねえ、聞いてるの?美紀!」
「••••••」
「なに、泣いてんの」
わたしは、母の声が好きだ。今そこには天井と挟まれた隙間だけがぽっかりと空いていて、母の声がそこにすうっと納まっていくようで、だけどそこってそうなってたっけ、と思わず引き込まれそうになる。母が言わんとする、わたしはたしかに知らず知らずのうち取捨選択をしてきたのだった。
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