東青山


〇 ふろしき

2021. 6. 30  [日用品:収納]
 

MAROBAYAのカーテンやエコバッグにもなるふろしき

 さまになる


 そのひとの手提げに目がいった。スカーフを結わいただけの急ごしらえなのだと知って、なおさら気にいった。
 そのひとは椅子に座って、その手提げをテーブルに置いた。歩いてきた猫が不意に寝そべって、平たくなったみたいでかわいらしかった。中からメガネを取り出してかけた。用意してあった書類に目を通し、上目で私の顔をうかがう、「昨日も寝るまえに読んだのよ」と言った。「絵コンテも好きだけど、最初に書かれた文章がいつもステキね、短篇みたいで」私は、照れくさかった。「適当に言ってるわけじゃないのよ」そのひとはそう言いながら、思い出したみたいに手提げを手許に引き寄せた。「テーブルに載せたままなんてはしたなかったわよね、ごめんなさい」捕まえた手提げを隣の椅子に置きなおした。
 彼女はメガネを外すと、さあ、なんでも言ってください、そんなふうに前のめりになる。私に向かった目はいつもまっすぐできらきらしていた。「しゃれてるなあ、とおもって」私は彼女の隣の椅子のほうに目を向けた。彼女はぽかんと拍子抜けしたみたいだった。「これ? 見せるほどのものじゃないけど」そのくせなんだか嬉しそうに持ち上げてみせてくれた。それから、まるでおもちゃ箱でもひっくり返すみたいに中身を取り出しはじめる。ポーチやケータイが無造作にテーブルの隅に追いやられるのを見ながら、私は恐縮した。細長い指が布地の結び目をほどいている。そして、テーブルの上に広げられたのは、どこか遠い南の島にでもいそうなカラフルな鳥の絵だった。「ずいぶん前にひとからいただいたものなの」彼女はとおくを振り返るみたいに言った。こういうのをわざわざ額装して飾る人がいるが、私にはその気持ちがわからなかった。けれど、目の前のスカーフは綺麗だとおもった。「ほら、ここね」人差し指の先をくちばしのそばに置いた。小さな裂け目だったのか赤い糸で繕ってある。「いまでもたまに首にかけてはみるのよ、でも今日はまるで風呂敷よね」そう言って首に巻いてみる。どこか懐かしそうな感じがする。それからスカーフの端をつまんで首から滑らせる、すかさず広げなおすと両手を交差させながら私に向かって表裏を確認させた。こんどは手品でもはじめるみたいだった。「まずね」裏地を見せるように三角にきちんと畳む、底辺の両端を一つずつ結んで、二つ、左右に結び目をこしらえる、飛び出したその二つの角をそれぞれ兎の耳みたいに引っ張って揃える「このくらいの長さかしら」次に全体をもういちど裏返すと鮮やかに表地が見えて袋状になる、そこに彼女は片手を入れて、底をたしかめるようにする、「こうやってこうやって」余った二つの端を一つにしっかり真結びにした。「はい、出来上がり」彼女はさくさく中身を移し替え、入れ終わるとさいごに結んだところを腕にかけた。「どう?」と彼女は言った。どう? って。折目正しく、けれど、ざっくばらん、というか。あなたみたいです、とは言えなかった。ようは、さまになる。とはいえ、簡単に「さまになる」と言っても、急につくれるものでもないんだよなあ。おそれいった私は、持っていたコンテをしずかに折り畳んだ。彼女を見ると、だれに言うでもなく「使われてなんぼなのよね」とかわいらしく笑った。
 私は振り返る。今もそのひとは、さまになる役者である。


 このふろしきは

 ふろしきをこしらえるために布を選んだわけではなかった。たまたま触った布が気にいって、「カタチにしない」想像と、「ふろしき」という言葉の、ふたつの寸法が丁度合っただけだった。詩は、モノにあたらしく名前をつける行為だというけれど、どことなく似ているのかもしれなかった。光は風でもいいし、恋はカーテンだったりスカーフかもしれず、愛はソースでもフライパンでも、人間でも思想でもよい。手にとるわたしがそこにいるだけだ。
 寒冷紗と名付けられた平織りの布地に触れるとき、その手に任せてみたい。カタチを与えないまま、まずは大きく広げるだけ広げてみる。最初はノリの効いた木綿。使って洗って使いたおしてほしい。
 触れる、そのときめきにわたしはしたがおう、かしら。

 商品名  ふろしき
 素材   綿
 製造   MAROBAYA(東京都世田谷区)
 寸法   天地1,120mm × 左右1,090mm
 価格   4,180円

ふろしき  
品切れ
 

〇 ACTPキャニスター

2021. 2. 25  [日用品:収納]
 

真鍮管でつくった文具入れ東屋ACTPキャニスター

 イメージの詩


 けっこう重いよ、と言われた。抱えたはいいが、思いも寄らない重たさにたじろいで床に戻した。吉田拓郎がカセットテープレコーダーから流れていた。彼女は引っ越すことにした。小ぶりだったし、手慣れたつもりでいた。なにが入ってるの、と聞いたら、わたしの大事なもの、と答えた。ガムテープが十字に貼られていた。それ以上は聞かなかった。イメージを試された気がした。最後の段ボール箱だった。荷台にぴったりおさまったが、なんだか全体的に荷物の少ないような気がした。女の子は吉田拓郎をぶらぶらさせて、じゃ、行くね、と言った。お兄さんが運転席でタバコを吸っていた。音楽が遠ざかっていくのに気づいたときにはもうなにも聞こえなくなっていた。
 大事なものがどこにあったかなんて、ぜんぜんわかっていなかった。重たいものを持ち上げるとき、よく思い出す。


 このキャニスターは

 そう簡単には倒れない。こう書くと、まるで年度始めの陳腐な抱負みたいだけど、すくっと立っているそれを見ているとなんでもない佇まいもまんざらわるくはないな、とおもったりする。なんにもしていないわけではないけれど、なんにもしていないようにじっとしていて、でも妙に惹きつけられるひとってたまにいるけれど、そういうのってどうやったらなれるんだろう。あるひとは、厚みのあるひとと呼ばれ、あるひとは、重みのあるひとと呼ばれるようだけど、そういうひとって、そう簡単には出会えない。というか、大事なことほど素通りして、気づかないだけなのだ。会ったらなかを覗きたい。見えても答えはない。それはわかっている。入っているものがそもそもちがうのだ。
 このキャニスターは真鍮管で出来ている。そもそも船舶の配管に使われるそれは、厚みがあって重みがある。信用できる素材ということだ。なにを入れて使うのか。いっそなにも入れないか、ブックエンドという手もあるな。いやいや、用途だけで見つくろうことからちょっと距離をとってみようよ、まずはじっと眺めてみようよ。

 商品名   ACTPキャニスター
 素材    真鍮丸管、真鍮板、錫(ヘアライン加工)
 製造    坂見工芸(東京都荒川区)
 デザイン  荒木信雄(The Archetype)
 制作    東屋
 寸法/重量 ACTP20 径60mm × 高100mm  重量0.8kg
       ACTP21 径80mm × 高130mm  重量1.5kg
       ACTP22 径100mm × 高170mm 重量2.4kg
 価格    ACTP20 33,000円
       ACTP21 44,000円
       ACTP22 66,000円

  

ACTP20   
品切れ
ACTP21   
品切れ
ACTP22   
品切れ
 

〇 HOOK No.2

2020. 4. 14  [日用品:収納]
 

衣桁にも掛けられる真鍮製S字フック

 まだここにはないなにか


 なんだかひっかかることがある。だけどそれがなんなのか目に見えない。わたしの居場所はほんとうはここじゃないのに置きざりにされているかんじ。忘れられて、だれもしまってくれない三輪車みたいだ。
 なにかが起こるとき、時間も場所も指定なんてされない。そうやって世界では何万回も、ことが起きている。わたしはそれらのたったひとつでも、学習したよ、なんて言えない。
 どうしよう。
 カーテンレールにかけっぱなしの、からのハンガーが宙ぶらりん。じっと見るとさみしくなるから、パチンと消した。わたしはベッドにもぐりこむ。
『100万回生きたねこ』をむかし読んだ。起きあがってパチンと点ける。本棚をさがす。あった。
「ねこは、はじめて なきました。夜になって、朝になって、また 夜になって、朝になって、ねこは 100万回もなきました」
 どうしよう。
 わたしも泣いていいのか。
「100万回生きるって、たえまなくお祈りすることといっしょだね」
「だれに?」
「だれ? なにかに、なんだろうね。だれにもわからないなにかに」
 ずっとむかしに聞いた。あなたなのか、本で読んだのか。
 なにに祈るのかもわからないのに、わたしの唇の先はおのずと動きはじめている。わたしは泣いているのだった。泣いていいのだ。
 わたしは三輪車に乗ったまま大きな声で泣いていた。


 このフックは

 見てのとおりS字型のフック。定番のカタチにすこーし工夫をつけて、真鍮でこしらえました。SはSでもおなかの部分がまっすぐだからぶらぶらしません。まずは、部屋の片隅、長押やレールに引っ掛けてみてください。ほら、もっとほかのなにか、引っ掛けたくなってきます。洋服はもちろん、バッグや帽子など、台所では計量カップやミルクパン、などなど、身の回りのものをかけてかけてちょっとした整理に一役。ちなみに、東屋の「衣桁」にもピタリとハマるサイズになっています。そちらでもどうぞ。

 商品名  HOOK No.2
 素材   真鍮(角棒曲げ加工)
 製造   坂見工芸(東京都荒川区)
 デザイン 猿山修
 制作   東屋
 寸法   長86mm × 幅37mm × 厚3mm
 重量   13.5g
 耐荷重  12kg
 価格   4,950円(5本セット)
 

HOOK No.2   
品切れ
 

〇 箸箱

2020. 3. 31  [日用品:収納]
 

東屋が箸やカトラリーの収納用に四十沢木材工芸に依頼した箸箱

 そうかんたんにかたづけないでよ
 あたしのはなしをあたしのことを


 ことばは口に出さないとわからないことが多い。どんなに仲のよいひとにだって、そうかんたんにはとどかないとおもっておいたほうがいい。ありがとう、ごめんなさい、さよなら、またね、おはよう、おやすみ、いってきます、おかえり、いただきます、ごちそうさま。みんなみんな、ことばはいつもそとで生きていく。声になる。それでも、あとになってあのときちゃんと言っておけばよかったとか、だけどもう間に合わないんだとか、そうわかって、くるしくなって、だから胸にしまうだけじゃだめなんだと後悔して。
 次なんてないのに。
なんでだろう。くまのジローを見ているとそうおもった。ジローはぬいぐるみだけど、私の目を見ている。
 夫がなかなか帰ってこないので、ちがうことかんがえようとジローからはなれてキッチンを掃除しはじめる。
「ことばはかたづけちゃだめなんです。整理されたことばなんていりません。整理してどこにしまったかわすれてしまうような文章なんてぼくは読みませんから」「そもそ余計なものなんてないんですよあなたがたに。なにかつたえようなんておやめなさい。ことばはそとでお散歩したいのです。放ってみなさい」おもしろいこと言う先生がいた。
 私たちはいつもいっしょにいてそれがあたりまえだとおもっている。わかりあえる、なんてほこりをかぶった置物だ。無力だ。わかってる。ふりかえるとジローと目があう。おまえのことじゃないよ。水がながれつづけている。スポンジをしぼって蛇口を閉める。時計を見る。
「次なんてないのに」
どうしよう。時間が止まらない。


 この箸箱は

 たとえば食器棚のなかで、「ここがあなたの定位置ですよ」って、かたづけるスペースをこしらえておいてあげたい。上手にかたづけてはおきたいけれど、かたづけたっきり、出番がなくなってる、なんてそれもちがうし。さっと取り出して、どうせならそのままテーブルに置いちゃえ。そーゆー収納箱、あったあった。箸が取り出し易いようにゼツミョーな角度をつけて、国産ニレの木を削り出しでこしらえたという。箸やカトラリーだけではおさまらない、鉛筆やペンを入れてデスクにだってどーぞ。

 商品名 箸箱
 素材  楡
     ※木地仕上げ(写真左)/ 胡桃油仕上げ(写真右)
 製造  四十沢木材工芸(石川県輪島市)
 制作  東屋
 寸法  長280 × 幅63 × 高37mm
 価格  木地仕上げ 5,830円 / 胡桃油仕上げ 6,160円

箸箱 木地仕上げ  
品切れ
箸箱 胡桃油仕上げ  
品切れ
 

〇 ペローニ コインケース

2015. 12. 28  [日用品:収納]
 

ペローニの革のコインケース

 じゃらじゃら


 ポケットに突っ込んだ小銭から、五円を取り出し、ほうり投げる。手を合わせてみて、五円でどうかしてもらおう、という魂胆がどうかしてますか、と訊ねている。もちろん神様は答えてくれない。問いは私が立て、答えも私が見つけるしかない。
 しばらく着ていなかった服のポケットから小銭が見つかるときがある。そのままコインケースに入れるが、人知れず眠っていたその小銭も不意に起こされたうえ、どこか遠くへ旅立たされてしまった。
 莫大なお金(こんな言葉はめったに使わないけれど書いてみる)が動くことなど、私には皆目見当がつかないが、小銭の出入りとなれば日常の目に触れざるを得ない。悲しいかな、増えることはコインケースの中だけの出来事である。
 後ろに列んでいる人たちの舌打ちもなんのその、カウンターに一枚二枚と小銭を列べて買い物をする。大きなお金を出すときは、殆ど両替の類いにまかせてしようがなく、である。よって小銭は増えつづけ、じゃらじゃらと音にうなされ彼らは不眠不休で忙しない。
 コインケースがパンパンになるのはみっともない、と妻によく叱られる。しかし、今のところ私の重みといえば、右ポケットのコインケースぐらいしかない。
「塵も積もれば山となる」ほんとうですか、神様。
 型くずれしないコインケース、年を跨ごうが必需品である。


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〇 衣桁

2015. 9. 29  [日用品:収納]
 

紐蝶番を使った檜の衣桁

 掛け替えのない人


 替わることのできない人が、私にはどのくらいいるだろうか。父や、母や、友や、と書けば、その順序に戸惑い、親や、妻や、と書き直し、兄弟を付け加えれば、友は押しのけられ、もうずいぶん前からするりと衣桁から滑り落ちたタオルのようになっていた。
 私のいなかには「相生」という橋があって、ちょうど真上でそのむかしに爆弾が炸裂した惨事の中心「爆心」である。七十年が経った今、それでも頑なに紐帯の役目を担いつづけ、此岸から彼岸へ、あるいは彼岸から此岸へと、ふたつをひとつに固く結びつけてくれている。帰ってくれば、いつもその橋の歩道の中間部に佇み、ドームを左手に欄干にもたれたまま、誰を待つわけでもなく中州の先の「平和」を眺め、それでも亡父かなんかが右岸の向こうからやってくる気配に身を置いたりする。
「ピースを失えばもはやパズルの体をなさない」「もう友だちは新しくいらない」「からだは堪えているのに心が追いつかない」私は足もとに落ちたタオルを拾い上げて「帰省することがせめての空白を埋めてくれる」なんて、それらはもっと以前の若々しいころの、もっともらしい科白で、あっけなく生温い風に飛ばされるだけである。
 路面電車のレールは光りの線を貫いて、川面も、夏の緑も、きらきら輝いている。私はタオルを一息振るい、汗を拭き、首に掛け直して歩きだす。振りかえると妻が人を追い越しながら微笑んで私を追ってくる。


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〇 銅器/茶筒

2014. 1. 27  [日用品:収納]
 

燕の銅製茶筒

 経年


 私はいったい何を見てきたのか。この目でじっと見てきたもののことである。そんな問いかけが頭の中で駈けまわっていた。まっ先に思い当たるのは、親のすがたにちがいなかった。ずっと背中だけを見てきたのだった。今は、振りかえって探すしかなくなった。
 お茶を飲み干したあとも、湯呑みを持ったまま気づけば底のほうをじっと見ていた。あるひとが、海を見ていると時間がたつのも忘れてしまうのは「あれは跳ねかえって自分を見ているからだ」と言ったのを思い出した。「じっと」時間をかけ、「見ている」が「見ようとしている」に、深度が変化するのだ。何を見るにせよ、私はそこに「私」という何んだか釈然としないものを見ようとしている。裏をかえせば、釈然としないからますます見ることになって、そこにえんえんと時間が注がれる。私は、溢れかえったそれにはっとして、湯呑みを置いたのだった。時の流れは輪郭もなく無情である。
「絵でも見に行く?」
 細君の、誕生日が近い話になって、私は目の前のそのひとを見ている。出会ってからかれこれ三十年たつのね、と言われたとき、まじまじ二人は顔を見合わせるのだった。
 海の前に立ってみたくなる。絵の前に立ってみたくなる。鏡の前に立ってみたくなる。あなたの前に立ってみたくなる。
 いつのまにか今年が始まっている。「私とは、君だ」なんてランボーめいた言葉を、私もいつか思ったりするんだろうか。「ぢっと手を見る」私である。



                                                            

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〇 茶箱

2013. 4. 5  [日用品:収納]
 

杉の茶箱

 春


 きのう、わたしはそのひとにめっきり叱られた。
「あんた、そんなこと言ったって、だれも使わないものがずうっとここにあったってしょうがないでしょ。だいいちそんなに大事なものだったなんて、今はじめて聞くわよ。そんなに大事なものならあんたがかたづけておけばよかったんじゃないの?自分のわるいのを棚に上げて、それでなんであたしがいけないことになるの。あたしはおそうじをして、おかたづけしただけ。いらなくなったものは捨てる、だってそうでしょ」
「••••••」
「なによ。言いたいことがあるんなら言ってごらんなさいよ、ほら」
 と、そのひとは、「言ってごらん」と言えども必ずと言っていいぐらいにわたしには何も言わせない。むかしからそれがこのひとの体である。けれどもわたしはそのひとに似て、口では負けていない。いや、負けてはいなかったはずなのだった。だからいつも平行線でけっきょく姉が割って入って、引き剝がすようにわたしをとなりの部屋に押し込めるのである。そうだった。
「あのね」と、わたしは言った。
「なによ。いいから言ってごらんなさいよ、ほら」
「棚に上げてあったのはわたしではなく、プリントゴッコ」
「だからなによ」
「棚に上げてあったのはわたしのプリントゴッコで、わたしじゃない、って言ったの。プリントゴッコだってわたしがあそこに上げたわけじゃない」
 わたしは簞笥の上を見やる。
「なによそれ」
「あそこにあるなぁ、っていっつも見てた」
「うそおっしゃい」
 で、わたしはまた黙ってしまう。あるとき寝転がって天井を見ている端っこにちらっと見つけたことがあっただけだ。中学?高校?わすれた。
「それだけ?」
「それだけ」
「おわり?」と、これもこのひとの体である。終わらせないのだ。
「じゃあ、もうひとつだけ言わせて」わたしはなぜか胸を張っている。「プリントゴッコは、大事なものでした」
「なによそれ」
「過去形」
「だからなによそれ」
「••••••」
「とにかく、ゴッコだろうとゴッホだろうと、ほったらかしにしてたものは捨てられちゃうの。そうでしょ、そういうふうに世の中はできてるでしょ。久しぶりに戻ってきたと思ったら目の色変えて、あれどうした?って、いったいなんなのよ。急に思い出したみたいに、プリントゴッコ、プリントゴッコ、って。だって持っていかなかったじゃない。ここにずうっとあるっていうことは置いてったっていうことじゃないの?置いてったっていうことはもういらないっていうことなんじゃないの?だいいちもうとっくのむかしっからないのよ。あんたのしらないうちにもうないの。わかる?しらないうちに消えてなくなるもんなんて世の中にはたっくさんあるの。げんに気づいてなかったじゃない。ここにいないひとが、とやかく言わないでちょうだい」
「••••••」
「じっと見たってないものはないのよ」
「••••••」
「ねえ、聞いてるの?美紀!」
「••••••」 
「なに、泣いてんの」
 わたしは、母の声が好きだ。今そこには天井と挟まれた隙間だけがぽっかりと空いていて、母の声がそこにすうっと納まっていくようで、だけどそこってそうなってたっけ、と思わず引き込まれそうになる。母が言わんとする、わたしはたしかに知らず知らずのうち取捨選択をしてきたのだった。

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〇 ティシューの匣

2012. 3. 29  [日用品:収納]
 

檜のティッシュケース。長野県産

 カフン・カフン・カフン


 ティシューを一葉抜いて、彼女は両手で鼻を強くつまむと一息にかんだ。そのなまぬるい音とはうらはらに、風は乾いた空気を考えもなく部屋のなかに押し込んでくる。そうか、もう春なのだ、と私は思った。
「カフン、カフン」と彼女は言う。カフンという言葉がティシューといっしょに丸められ、くずかごに捨てられていく。
 外に出ると、白いマスクのひとたちを頻繁に見かけるようになった。あなたはそのひとたちの辛さを一生わかってあげられないのね、と彼女はこの季節になると言うのだった。彼女もマスクをしている。だから聞き取りにくい。私は「えっ?」と聞きかえすが、ほんとうに聞き取りにくいときと、わざとのときもある。
 彼女と散歩に出かけたときだった。だいたいが静かな住宅地だ。表札を見ては珍名さんを探し、住居の趣を勝手に判定して廻る。ある民家の垣根から、梅が咲きほころんでいるのを見かけた。彼女はマスクをあごのほうまでずらして、薄紅に色づいた花弁に鼻を近づけて、息を吸い込んだ。
「いい匂い」と彼女は言った。
「ねえ、カフンは大丈夫なの?」と私が問うと、
「ほらやっぱりなんにもわかってないのよ」と、彼女はマスクを定位置に戻した。「目に見えないものにわたしたちは苦しんでるの!」
 彼女の言う「わたしたち」に、私は入っていない。ワレワレは、とかいう異星のひとを思いだして、
「えっ?」と問いかえしてみる。まるで言葉が通じなかったみたいに。
「もういい!」と彼女は言う、が、くしゃみで的を外したみたいになった。それでもかまわず彼女は闊歩する。先を行く後ろ姿が、私の目にはまぶしいくらい、見えている。


 このティシューペーパー・ケースは

 樹齢二百年以上の木曾檜の上材から、さらに貴重な柾目を選りすぐってこしらえました。檜は木肌が白く、艶があり、美材の代表格のように持ち上げられますが、本来は「際立たない」美しさこそが檜の持ち味。目立たず、置き場所を選ばない、なおかつ、無垢そのままの指物なので、檜ならではの清々しい香気も愉しむことができます。
 ひとにも場所にも落ち着きのよい、ティシューペーパー・ケース。

 商品名 ティシューの匣
 素材  木曽檜
 製造  山一(長野県木曽郡)
 制作  東屋
 寸法  幅257mm × 奥行132mm × 高85mm
 価格  9,900円

ティシューの匣    
品切れ
 

〇 裁縫箱

2012. 2. 4  [日用品:収納]
 

楠、指物の裁縫箱

 おさまりのいい箱


 たとえば、「日用品」、と文字に書き記すと、その字画から、タナのような、ヒキダシのような、あるいはハコのような、どこかに立てかけるみたいに、ぽん、ぽん、ぽん、と配置されたそれらはやがて図形の風体となって、ついには手に手を取って踊りはじめる。そうやって三つ巴となった図形をさらに細かく刻んで見ると、みるみる四角いハコの積み重ねにしか見えてこず、いまいちど順を辿って、日、用、品、と見返しても、もはや入れ子の展開図にしか見えてこなくなるのである。その中に日用品はかたづけられ、そのもの自体もまた、日用品として括られていくわけだけれど、つまりはおさめるハコもまた、日用品なのである。
 日用品にかぎらず、「ハコ」という単位で私たちを取り巻くなりわいを俯瞰してみれば、なんとまあ限りない大中小の数々があることか。私たちは、その中の、あるいはまたその中の、もうひとつ中の、さらにまたその中の、きっとどこかにいるのだろうけれど、「わたし」をみつけてもらいたければ、けっきょく整理整頓が必須、ということになる。
 なぜ、ひとは、ものを、ことを、おさめにかかるのか。それはそこに箱があるからだ、だろうけれど、たとえば私など、ひとたび空箱でもみつけようものなら、とにかく何かをおさめたくなる欲求にかられ、けれどもそこにおさめる何かをずっと探しつづけているだけで、じつのところそんな営みの中に、私は埋没し、いまだおさまりがつかない、今日このごろなのである。
 日用品は実用品でありたい。箱もまたしかり。探すべきは、おさまりのいい箱、なのかもしれない。
                              

                                                        

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〇 米櫃

2011. 12. 16  [日用品:収納]
 

桐の無垢材でできた米櫃

 保管する、ということ


 子供のころからずっと使っている国語辞書によれば、「保管」とは、(他人の)物をあずかって、いためたりなくしたりしないように保っておくこと、だそうだ。「保存」は。そのままの状態を保つようにして、とっておくこと、らしい。お米の場合、どうだろう。(自然の)物をさずかって、いためたりなくしたりしないように保っておく、どうやら「保管」が似合いそうだ。
 まっしろで、きらきらしたお米の粒片。さらさらと米櫃のなかに積もってゆく。そんな様子を見ていると、なんだか、ほっ、と白い息を吐くみたいに、安心したのか「しばらくねむるね」ってしんしん聞こえてくる。きちんと箱におさめてみると、「大切にする」というあたりまえの言葉が、ますますかがやきはじめる。
 としを越そう。
 大切なものは、大切なまま。
 日のあたらない場所の、箱のかげかたちをながめていると、いつのまにかふりかえっていた。日なたに向かって、前を向こうとおもう。


 この米櫃は

 大切なものを、大切にそのままおさめておきたい。たとえば箱でもこしらえて、大切にとっておきたい。人の知恵がえらんだのは、「桐」という自然の恵みでした。
 桐は、タンニン、セサミン、パウロニン、といった成分が含まれていて、防腐、防虫の効果があります。桐は、繊維のしくみが多孔質であるため、湿温の調整にすぐれています。桐は、何より軽量であることから、保管箱として重宝されてきた歴史があります。この米櫃ももちろん、桐の箱。毎日いただくお米を、やさしく、丁寧に、保管しておけばさらにおいしいごはんがいただけそうです。
 この米櫃は、間口を広くとり、密閉性にすぐれた引き戸をしつらいました。お米の出し入れに面倒がかからず、引き戸自体が上ぶたとして取り外せるので内側のお手入れにも手間がかかりません。「指物」の密な作りが、しっかりと外気を遮断してくれ、お米を保管するにはうってつけの、これぞ「米櫃」、です。

 商品名 米櫃
 素材  桐
 製造  松田桐箱(埼玉県春日部市)
 制作  東屋
 寸法   5キロ 幅240mm × 奥行300mm × 高180mm
     10キロ 幅240mm × 奥行300mm × 高270mm
 価格   5キロ  9,350円
     10キロ 12,100円

米櫃 5キロ        
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米櫃 10キロ       
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