東青山


〇 TIME&STYLEのビールグラス「YAE」

2014. 7. 23  [日用品]
 

ビールグラス

 血とビール


 小学校の高学年だった。母方の親戚の家から、夕飯の御呼ばれに与ったことがある。父はビールを片手に、母に小分けしてもらった刺身を食べていた。伯父は長々と小難しそうな話をその父に向かってしゃべっていた。私はオレンジジュースを少しずつ、飲んでいた。大皿に盛られたお寿司が、てかてかと光っていた。
 真夏の暑いさなか、近くまでバスに揺られ、丘の上まで歩いて行ったのだった。めずらしく母が先頭に立って、折れ曲がった坂道をどんどんと登って行った。母だけが大きな包みを持っていた。風のない、一日だった。
 私は父の隣に座っていた。母はその向こう側にいた。大きな畳敷きの客間だった。母と伯母は台所と客間を行ったり来たりしていた。絣の着物を着た伯父の母が、にこにこしながら「ひでくん、足を崩していいんだよ」と枯れそうな声で言った。
 従兄弟の次男坊は、五つばかり年上だった。その次男坊に連れられて、二階にある彼の部屋に行った。ぴかぴかの廊下に、つるつるの階段。私は階段のある家にほれぼれした。何もかもが新しかった。建てたばっかりの家だった。従兄は部屋に入るなりレコードをかけた。ステレオセットを自慢したかったのだった。キッスの「地獄からの使者」が大音響で流れはじめた。壁にはそこら中、キッスのポスターが貼ってあった。白黒の顔に赤い舌。私は従兄を見ながらこう思った。このおにいさんは見ないうちに頭がおかしくなったのだと。大きくなることがこわくなった。ポスターの四隅がいたるところで金色にかがやいていた。目がちかちかした。画鋲までもが新しかったのだった。
 一階に下りると、父も伯父もみんな赤ら顔だった。父の横に戻ると、ふと、母の手が向こうから伸びてきたのがわかった。だれにも見つからぬよう、父の足もとをぴしりと叩いたのだった。すると父の突き出た立て膝が、しずかに沈んで消えた。それから母は囁いた。
「やめてちょうだい、こんなところで」
「なにがじゃ」と父は下を向いて言い返した。けれども足は胡坐に直していた。私も慌てて正座した。母は何事もなかったように歓談に融け込んでいた。母もじゅうぶんに赤ら顔だった。
 鮮明に覚えているものだ。酒宴の席で、気づけば私も立て膝を突いている。その上にジョッキを置き、人の話を聞いている。今だに母は、血は汚いものだ、と言うけれど、どうやら、血は水よりも、酒よりも濃い、ということなのだろう。私は突いた立て膝をしずかに沈め、それから胡坐に組み直す。いや、この際正座までもっていこう。ズボンから雫が浸みて膝小僧が濡れている。膝小僧を何度もさすり、すり寄るようにして宴席の雑談に融け込んでいくのだ。
 あの日、家に帰ったら、母は不機嫌そうに父にこう言ったのだった。
「お里が知れるわ」
 なぜだか母がちょっとだけきらいになった。
 父は、といえばいつもより高く立て膝を突き、迎え酒をやっていた。それから
「家でも建てるか」
 ぱたぱた団扇をあおぎながら、父は言った。
 母は急にげらげら笑い出した。
 そういう父が、私はちょっとだけ好きだった。


 このビールグラスは

 ”TIME&STYLE”発のビールグラスである。本場イングランドのパイントグラスをヒントに、薄吹きのシンプルなカタチにこだわった。イングランドでは、1パイント=570ml ぴったりの大きさが定番だが、ここはニッポン、缶ビール1本=350ml まるまる注げるサイズにスケールダウンした。ふくらみの部分は、一、強度を増し、二、持ち易く、三、スタッキングができる。二重、三重の、工夫のシンボルである。家族団欒は勿論のこと、なんでもいい、ちょっとしたパーティにだって重宝する。
 で、この際だから、「YAE(八重)」と名付けてみた。今夏の食卓に、どうぞ御見知り置きを。

 商品名  TIME&STYLEのビールグラス「YAE」
 素材   硝子
 デザイン 猿山修
 制作   TIME&STYLE
 寸法   径80mm × 高133mm
 容量   約480ml
 価格   3,080円

TIME&STYLEのビールグラス「YAE」  
品切れ
 

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