萬古の人と、本
民のための民のこしらえる器、「民陶」。ふだん馴染みのない言葉の背後には萬古焼の源がある。
庶民のためのやきものは三重県四日市で産声をあげた。江戸を発露に「古萬古」、「有節萬古」を経て明治に入るとその窯業はひとつの『産業』として敷衍し地場に根付くことになる。平板なもの言いをかりるなら「フロンティア精神」がその『産業』を支えた。フロンティアに活路を見出だす理由は、四日市の周辺に京都や瀬戸、美濃、常滑など既存の窯場が犇めきあっていた必然がある。しかし陶土の調達もままならない環境の裡からどのように「萬古」然の独自性をむくむくと発展させ、その地に拘泥せず海の外にまで裾野を広げることになったのか。この本はおもに明治から昭和を跨いだ成長期における「萬古」の力と知恵、その変遷を鮮やかに開陳する。
書いたのは、内田鋼一。四日市を根城に作陶する孤高の人だ。内田はとくに『産業』期における萬古の何にも媚びない造形美に惚れる。伝統を凌駕し、あくまで生活圏内から引き出された自由な創意の虜になる。内田も四日市で築窯し独立を果たしたが、数奇な所産を遺した名もなき陶工たちの眼が自身の眼と重なり合うにつれ、現代萬古の風前の灯火に危機感を抱くようになる。四日市への恩返しにも想いを馳せながら、そして何より「萬古」を愛するがゆえに、昨年、まるで火入れのようにいきおい私財を投げ打って萬古オンリーのミュージアムをこしらえた。デザインを視座に収集し、アーカイヴするプロセスはまだ途上にあるが、萬古がそうであるように「やきものになにができるか」を問いつづけ、発信する拠点となっている。
その彼が、たとえば萬古を「民陶」に括ったといえる秦秀雄や萬古のデザインに多大な影響を与えた日根野作三ら「萬古のキーパーソン」を語り、たとえばデザイナーの皆川明や小泉誠、蒐集家の舟橋健たちとの対話を積み重ね、膨大な写真資料を携えて、アングル、サイズ、ポジションを自在に変えながら萬古の魅力の伝播を試みる。やきものをこしらえる人がアツアツの一冊をこしらえたのだ。タイトルは「知られざる萬古焼の世界」。創意工夫から生まれたオリジナリティと後人へのヒントが真摯に刻まれている。
この一冊は
三重県四日市市、萬古工業会館にある「BANKO archive design museum」の公式書籍である。イラストを交えた萬古ヒストリーや、萬古そのもののカタチや色、食の設えなどなど、眼にも愉しい一冊になっている。
作品名 「知られざる萬古焼の世界
ー創意工夫から生まれた
オリジナリティー」
著者 内田鋼一
装幀/デザイン 山口信博、細田咲恵(山口デザイン事務所)
写真 伊藤千晴
編集 藤田容子
編集協力 小坂章子
印刷/製本 大日本印刷株式会社
発行 誠文堂新光社
サイズ 247 × 185mm
ページ 240頁
価格 3,850円
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