私は子供に視線をやった。するとKは、ははっ、と声を上げて笑った。「猫の恋よ」ねこのこい、と繰り返し言った。それから手に持っていたリンゴをなぜだか私にわたそうとして、あ、ちがうちがう、と言った。「ちがうねえ、ママったら◯◯ちゃん」
Kはリンゴをもとに戻すなり子供の横にしゃがんだ。
「あいさつしなさい、ほら、ママのおともだちよ」
Kと女の子はふたりして、私を仰ぎ見た。
その子は、こんにちは、とたどたどしく言った。私も、こんにちは、と言った。
「見てるの? 映画」Kは立ち上がりながら言った。
「あれほどじゃないけど」と、私は言った。
「映画しか頭になかったものね」そう言ってKはほほえんだ。
きらきらした爪が、子供のつやつやした髪の上に置かれてあった。そうかなあ、と私は言った。
信号を待っていると、側の電信柱に「ねこをさがしています、メス、2才」と書いてある貼り紙を見て、ふと「猫の恋」という言葉が浮かんだ。かれこれもう三十年がたつ。私はとおいむかしのことを思い出したのだった。「もしかしたら停車中のトラックの荷台に乗ってしまったのかもしれません」かわいらしい写真の下には小さくそう書いてある。それでも、見つからないとはかぎらない。なぜだか、強く、そう思った。ひょんなところで見つかって、ひょっとしたら毛並みもがらりと変わって、軽い足取りに気後れするかもしれない。それでも彼女だと、わかるものである。
「青だよ」
妻の声が聞こえた。私は足早に横断歩道をわたった。
このカルヴァドスは
径、約5センチ、高さは12センチぐらい。小振りな盃である。「宙吹き」と呼ばれるベネチアグラスの伝統的な技法を使って、この小さな盃は生まれる。
グラスは小振りなほど、こしらえる手間がかかる。いいや、手間のかからぬうちに、一気に息を吹き込んで形をこしらえるのだ。硝子の冷めやらぬうち、職人の勘と手練れがものを言う。
このグラス、フランスはノルマンディ地方の酒(ブランデー)の名を頂戴した。「カルヴァドス calvados 」という。その酒に劣らず、このグラスもなかなか口当たりがよい。滑らかな厚みがみるみる酒を勧めてくれる。傾ければ、嗅ぐにもほどよい大きさだとわかる。
それから、この表情。光りに照らせば、ひとつひとつが揺らぎの違う顔を持っていて、手仕事の綾が透けて見えてくる。背丈の微妙にちがうところもまた、揃えば愉しくなりそうだ。
たとえば、シムノンの描く刑事みたいに、コーヒーの脇に酒のカルヴァドスをちょこんと添えてちびちびやるのもいいだろう。あるいは、ワインやシングルモルトを口に含ませながら、料理するなんてこともなきにしもあらず。小振りが使い手の幅を広げてくれる。もちろん、食前の乾杯にだってまちがいはない。
あえて猪口才とでも呼ぼうか。
かわいらしい盃「カルヴァドス」である。
商品名 カルヴァドス(グラスシリーズ「BAR」)
素材 硝子
製造 フレスコ fresco(大阪府和泉市)
デザイン 猿山修
制作 東屋
寸法 径 約50mm × 高 約120mm
容量 約140ml
※ 手仕事につき、若干の個体差があります。
価格 17,600円
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