さまになる
そのひとの手提げに目がいった。スカーフを結わいただけの急ごしらえなのだと知って、なおさら気にいった。
そのひとは椅子に座って、その手提げをテーブルに置いた。歩いてきた猫が不意に寝そべって、平たくなったみたいでかわいらしかった。中からメガネを取り出してかけた。用意してあった書類に目を通し、上目で私の顔をうかがう、「昨日も寝るまえに読んだのよ」と言った。「絵コンテも好きだけど、最初に書かれた文章がいつもステキね、短篇みたいで」私は、照れくさかった。「適当に言ってるわけじゃないのよ」そのひとはそう言いながら、思い出したみたいに手提げを手許に引き寄せた。「テーブルに載せたままなんてはしたなかったわよね、ごめんなさい」捕まえた手提げを隣の椅子に置きなおした。
彼女はメガネを外すと、さあ、なんでも言ってください、そんなふうに前のめりになる。私に向かった目はいつもまっすぐできらきらしていた。「しゃれてるなあ、とおもって」私は彼女の隣の椅子のほうに目を向けた。彼女はぽかんと拍子抜けしたみたいだった。「これ? 見せるほどのものじゃないけど」そのくせなんだか嬉しそうに持ち上げてみせてくれた。それから、まるでおもちゃ箱でもひっくり返すみたいに中身を取り出しはじめる。ポーチやケータイが無造作にテーブルの隅に追いやられるのを見ながら、私は恐縮した。細長い指が布地の結び目をほどいている。そして、テーブルの上に広げられたのは、どこか遠い南の島にでもいそうなカラフルな鳥の絵だった。「ずいぶん前にひとからいただいたものなの」彼女はとおくを振り返るみたいに言った。こういうのをわざわざ額装して飾る人がいるが、私にはその気持ちがわからなかった。けれど、目の前のスカーフは綺麗だとおもった。「ほら、ここね」人差し指の先をくちばしのそばに置いた。小さな裂け目だったのか赤い糸で繕ってある。「いまでもたまに首にかけてはみるのよ、でも今日はまるで風呂敷よね」そう言って首に巻いてみる。どこか懐かしそうな感じがする。それからスカーフの端をつまんで首から滑らせる、すかさず広げなおすと両手を交差させながら私に向かって表裏を確認させた。こんどは手品でもはじめるみたいだった。「まずね」裏地を見せるように三角にきちんと畳む、底辺の両端を一つずつ結んで、二つ、左右に結び目をこしらえる、飛び出したその二つの角をそれぞれ兎の耳みたいに引っ張って揃える「このくらいの長さかしら」次に全体をもういちど裏返すと鮮やかに表地が見えて袋状になる、そこに彼女は片手を入れて、底をたしかめるようにする、「こうやってこうやって」余った二つの端を一つにしっかり真結びにした。「はい、出来上がり」彼女はさくさく中身を移し替え、入れ終わるとさいごに結んだところを腕にかけた。「どう?」と彼女は言った。どう? って。折目正しく、けれど、ざっくばらん、というか。あなたみたいです、とは言えなかった。ようは、さまになる。とはいえ、簡単に「さまになる」と言っても、急につくれるものでもないんだよなあ。おそれいった私は、持っていたコンテをしずかに折り畳んだ。彼女を見ると、だれに言うでもなく「使われてなんぼなのよね」とかわいらしく笑った。
私は振り返る。今もそのひとは、さまになる役者である。
このふろしきは
ふろしきをこしらえるために布を選んだわけではなかった。たまたま触った布が気にいって、「カタチにしない」想像と、「ふろしき」という言葉の、ふたつの寸法が丁度合っただけだった。詩は、モノにあたらしく名前をつける行為だというけれど、どことなく似ているのかもしれなかった。光は風でもいいし、恋はカーテンだったりスカーフかもしれず、愛はソースでもフライパンでも、人間でも思想でもよい。手にとるわたしがそこにいるだけだ。
寒冷紗と名付けられた平織りの布地に触れるとき、その手に任せてみたい。カタチを与えないまま、まずは大きく広げるだけ広げてみる。最初はノリの効いた木綿。使って洗って使いたおしてほしい。
触れる、そのときめきにわたしはしたがおう、かしら。
商品名 ふろしき
素材 綿
製造 MAROBAYA(東京都世田谷区)
寸法 天地1,120mm × 左右1,090mm
価格 4,180円
ふろしき